第5章 教材の構造を見極める


学習目標

1.学習課題の種類に適する課題分析図がつくれるようになる。
2.課題分析図に示されている学習目標の学習順序が指摘できるようになる。



背景

 教材の責任範囲を明確にするために、第3章でどんな人を相手に(入口)、何を教えるのか(出口)をはっきりさせ、その判断基準としてのテストを第4章でつくりました。これで、入口を入った教材の利用者を責任をもって出口に導くための教材をつくる最低限の準備ができました。つくった教材が良かったのか、悪かったのかを判断する「ものさし」は用意できました。

 この先には、二つの道があります。その一つは、とにかく自分自身のアイディアで教材を形にしてみようとする道です。とにかくつくってみようと考えている読者は、この章(第5章)と次の章(第6章)を飛ばして、第7章に進んでまず教材をつくってみましょう。

 しかし、教材づくりに進む前に、もう少し準備がしたい人には、教材づくりの研究の中でこれまでに蓄えられたノウハウを勉強する時間をとるとよいでしょう。この章では、入口に立った教材使用者にとって、何をクリアーすれば出口に無事たどり着けるかを明らかにします。教材の中に何を盛り込む必要があるのかを明らかにする手順を「課題分析」といいます。

 今計画している教材は比較的短時間で勉強できるもの(のはず)ですから、教材の中がそんなに複雑にならないかもしれません。しかし、教材を初めてつくるときは、多くの人が、「一度に多くのことを教えようとし過ぎる傾向」があります。課題分析を行うことによって、明確にしたはずの学習目標をもう一度見直して、教材の規模を再確認し、無理を少なくする効果が期待できます。さらに、教材の構造を明らかにすることで、その次の「教え方」の作戦(第6章)を考えるためのヒントも得ることができるでしょう。


課題分析

教材のゴール(出口)として設定した学習目標をマスターするために必要な要素とその関係をあきらかにする方法を「課題分析」と呼びます。山登りに例えるならば、ゴールが山頂だとすると、8合目には何があり、5合目には何が待ち構えているかなどを明らかにし、教材で何を教える必要があるのかを確かめるために行う作業です。学習課題を分析していくと、学習目標(出口)にたどり着くための要素が一つずつ明らかになり、最後には、入口(前提条件)が見えてきます。つまり、出口からさかのぼって、入口まで逆行するように進み教材で取り扱う内容を明らかにします。いつもどこからスタートしてどこに向かって進んでいるのかを意識することで、無駄なく無理のない教材の骨格をつかもうとします。

 教材の骨格は、教材で教えようとしている学習目標の性質によって異なるということがこれまでの研究で明らかになっています。したがって、学習課題の種類ごとに異なる課題分析の手法が提案されています。それを次に一つずつ紹介します。自分がつくる教材に含まれている種類の学習目標に特に注意して、内容を把握するように心がけるとよいでしょう。


クラスター分析:言語情報の課題分析

 「言語情報」に分類される学習目標には、暗記しなければならないことがいくつか含まれます。「覚える」ことを効果的に行うためには、一つひとつの項目を別々に「丸暗記」しようとせずに、関連のあるもの同士を結び付けたり、互いに紛らわしいもの同士を区別したりするとよいと言われています。学習目標に含まれている項目を洗い出し、それを相互の関連性によってかたまりに分ける分析方法を「クラスター分析」といいます

 たとえば、「秋田弁の基礎的な単語を教える」ことを出口に設定した教材は、言語情報の課題に分類されます。ここで、「基礎的な単語」といっても、いったいどんな単語をいくつ覚えなければならないのでしょう。覚えてもらいたい単語が30個あったとしても、それを一度に説明して「さあ覚えて下さい」と要求しても荷が重すぎます。人が一度に覚えられるのは7つ前後であるという説(ミラーのマジックナンバー7±2)もあります。お互いに関連のある単語をまとめて覚えてもらったり、紛らわしい単語を対比しながら覚えられるようにまとめたりすると、少しは楽に覚えられるようになるでしょう。

 図5―1に、体の部位についての英単語38個を6つのクラスター(かたまり)に分解した例を示します。この分類では、場所が近い単語同士を集めることで、同じ「顔」に関する単語をまとめて覚えてもらおうと考えたようです。この他にも、英単語の場合ですと、単語の長さや、綴りの類似性(たとえば同じeで始まる単語同士)で分類することもできるでしょう。たぶん「秋田弁」の場合も、同じ様な分類方法が考えられると思います。要するに、覚える人にとってどうすれば覚えやすいか、覚えるときに障害になりそうなことは何かを考えて、かたまりを工夫することが大切です。

 言語情報の課題の場合、どのかたまりを先に学習しないと次に進めないといった順序性がないのが特徴的です。したがって、クラスター分析で分けられたかたまりのどれから学習しても構わないことになります。上下に配列せずに並行的に配置することで、この関係を表しています(次の階層分析と対比すると理解が深まります)。



図5―1.クラスター分析の例:英単語「体の部位」



階層分析:知的技能の課題分析法

 「言語情報」は覚える課題ですが、「知的技能」では応用力が試されます。知的技能の課題分析法は、ロバート・M・ガニェによって研究され、広く知られている「階層分析(学習ヒエラルキー)」を用います。階層分析では、学習目標よりも基礎的な知的技能にどのようなものがあるかを明らかにし、知的技能のピラミッドをつくります。

 図5―2に繰り下がりのある「引き算」の階層分析を示します。引き算と一言で言っても、様々な場合が考えられます。「引き算ならばどんなものもできるようになること」を学習目標にした場合では、「この目標を学習するために不可欠なより基礎的な目標は何か?」を問い、いろいろな引き算の種類を洗い出します。上から始めて徐々に簡単な形の引き算が登場しますが、最後には、教材を使うための「前提条件」として入口でチェックする問題が出てきたところでピラミッドの底辺とします。こうして洗い出された様々な種類の引き算を全て、責任をもって教えることになるわけです。

 知的技能の場合、学習の順序性ははっきりしています。線でつながった目標同士は、下の目標が上の目標のための「前提条件」になっているので、下から上に進む必要があります。二つ以上の目標がぶら下がっている場合には、そのどちらの目標からやっても構いませんが、両方ともマスターしないと上へは進めません。階層分析が完成すると、どの順序で教えるか、どの順序で学ぶかがある程度はっきりすることになります。



図5―2.階層分析の例:「引き算」



手順分析:運動技能の課題分析法

 さて、次は運動技能の課題分析法「手順分析」です。その名のとおり、運動を伴う課題をどんな手順で実行するかを分析するものです。学習目標としている運動技能を実演するときに、「まず何をして次に何をするか」を一つひとつ列挙し、それを順番に並べます。運動技能の課題が2つ以上あるときは、課題一つずつについてこの分析を別々に行う必要があります。

 図5―3に、ゴルフのパットを打つという課題についての手順分析を示します。ゴルフのボールがグリーンに乗ったとき、ボールをどの方向で、どの程度の強さでころがせば穴に入るかを計算しなければ上手なパットを打つことはできません。その上、ただの「評論家」になるだけではなく実際にボールを打って入れることができるようになるためには、その計算を実行に移すための筋肉の動きが求められます。この例にあるように、多くの運動技能には、ステップ(手順)に分解してみると、それぞれのステップに必要な知識が浮かび上がってきます。その知識は状況を見極めるための「言語情報」あるいは計算などの「知的技能」に分類される学習目標になります。ステップの下にそのステップを実行するために必要な知識の目標をぶらさげて書くと、「頭で理解していなければならないこと」と「実際にできるようになること」との関係が明らかになります。

 運動技能では、学習の順序は普通、矢印の進む方向へ左から右へ進めます。一つひとつの要素を独立して練習した後で、全部の手順を通して練習することになります。認知的な目標がぶら下がっている要素の場合は、その要素を学習する際に、まず頭で理解していなければならないことを学んでから実技の練習に入ることになるでしょう。



図5―3.手順分析の例:「ゴルフのパットを打つ」



態度の課題分析法

 最後に、情意領域の課題の分析法について触れておきます。態度の学習に必要な要素の分析法は、認知領域の課題や運動技能のように確立されていません。あたまやからだについての学習課題に比べて、きもちについての学習課題では、これとこれをクリアーすれば気持ちが変わる、といった公式が立てにくいからです。

 そこで、態度学習の分析では、目標とする気持ちに関連した「あたま」の学習目標、つまりどんな言語情報や知的技能を学ぶことが効果的かを分析します。頭で理解することと気持ちが揺れ動いて態度が形成されることとは同じではありません。たばこの害は百も承知なのにどうしても「たばこを控える」という気持ち(態度)がもてない、といったたぐいの話はよく聞きます。「わかっちゃいるけどやめられない」ともいいます。しかし一方で、知ることは気持ちを変える一歩にもなります。たばこの害についての公告をテレビなどで流すことで、なんとか気持ちを変えてほしいと願いを込めるのは、まずは害について知ってもらうことが第一と考えるからでしょう。

 図5―4に、近ごろ何かと話題の「地球にやさしい生活」を心がける態度をもってもらうための教材についての分析例を示します。環境問題に関心をもたせて環境に負担をかけない生活態度を広めることは、今日の大きな課題であるといわれています。これは、「知っているだけではなく実践することを選ぶ」ことが大切なので、態度の学習になります。

 その気持ちをもってもらうためには、ただ「環境に気をつけてください」と言い続けただけでは、あまり効果が期待できません。では、どんな援助が可能でしょうか。まず、何をすることが「地球にやさしい」ことなのかを伝えることができます(内容の知識)。そして、それがどんな生活場面で実践されているのかの例も紹介し「やろうと思えば機会は身近にありますよ」というメッセージを伝えることが可能です(場面の知識)。さらに、どうしてその行動が地球を救えるのか、なぜ今それが求められているのかなどの知識を深めることで、行動の意義が納得できるかもしれません(結末の予想)。また、どの企業でも環境問題に取り組む時代であること、社会的に認められている態度であることを知らせることで、プレッシャーを(良い意味で)与える効果も期待できるでしょう(他者の態度についての知識)。これらは全て、言語情報に属する学習課題が態度を育てる例です。

 さらに、図の左側には、「地球にやさしい生活」を実践するための実技の習得が挙げられています(態度表明の技能)。これは、たとえば生協で牛乳パックを回収していることを知っていたとしても(場面の知識あり)、どうやって牛乳パックを出したらいいのかがわからず、やりたくてもできない、できないからやらない、という悪循環が心配されるからです。その点から、「牛乳パックを回収に出すためのルールにしたがって、準備ができる」という運動技能の目標も態度学習を支えていることがわかります。

 「地球にやさしい生活」という例で、さまざまな関連目標が態度学習を支えていることを見てきましたが、他の態度学習でも同じように関連目標を見つけることができます。「その態度を選択する意味は/理由は何か」を問うことで態度を持つために必要な情報を見つけ、また「その態度を行動に表わすときには何ができる必要があるか」を問うことで、態度表明に必要な技能を見つけることができるでしょう。



図5―4.態度学習の分析例:「地球にやさしい生活」



課題分析図を用いた出入口の再チェック

 課題分析図を描いてみると、図に登場する目標の中に、教材の前提条件として仮定したものが含まれていることに気づくでしょう。知的技能の階層分析では、下の方に前提条件が出てきたときに、分析をストップします。それ以上の基礎技能はすでに取得しているはずですので、分析を続けても意味がありません。また、運動技能の手順分析では、手順に含まれるステップの中のいくつかには前提条件が含まれるでしょう。そのステップは改めて教える必要はありませんが、手順の一つとして実行されることになります。課題分析図に示された要素を点検することで、教材の出入口を再確認することができるわけです。

 教材の責任範囲は出入口を決めたときに明らかになっています。しかし、入口から出口までの道のりがどの程度遠いものなのか、はたして1時間で学習できるのかは、課題分析で要素を洗い出してみないと確実には判明しません。さらに、事前/事後テストを課題分析図を描いてから見直すと、テストでカバーしていない要素が見つかるかもしれません。まんべんなく出題されているか、また、問題数が少なすぎないかも見直すとよいでしょう。たとえばクラスター分析を行ったら、テストに全然出題されていないかたまりがないかをチェックしましょう。もちろん、それぞれのクラスターから過不足なく出題するように調整する必要があります。全部で覚えなければならない項目が40個あるのにテストには5問しかないとすれば、少なすぎます。

 教材分析をした結果、当初目指していた出口(学習目標)が入口から遠すぎるところに設定されていることに気づくことがあります。とても1時間では手に負えないと思ったら、この時点で出入口を見直すことも考えましょう。当初の学習目標に「制限」を設け、出口を入口に近づけるのも一つの手です。図5―2でいえば、「すべての引き算」を1回で目指すよりは、まず1時間目の目標を「繰り下がりが1回だけある引き算」に下げ、「0を越えての繰り下がり」や「連続繰り下がり」は2時間目にまわすことにすれば、当初の教材計画よりも出入口のギャップが小さめに抑えられます。



事例

 「釣り入門」の大場君は、どの分析法を用いて課題分析をやろうとしているのでしょうか。課題分析についての大場君の考えを聞いてみましょう。


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 「釣り入門」の場合、実技編と知識編は別々に分析しなければならないだろうな。実技編は、運動技能だから手順分析。「餌を付ける」「竿を振れる」の2つの目標について、別々に手順を洗い出す必要がある。餌のつけ方の場合は手順といってもそんなに複雑なものではない。ミミズを準備して、針を整えて針に通して、しっかりついているかを確認する、というのが手順といえば手順かな。竿の振り方の方はゴルフのパットに似ているな。竿を振る前にねらいを見極めて強さを計算して、それから振って、狙いに命中したかどうかで最初の計画を評価する。これは使えるな。

 知識編は認知領域の言語情報だからクラスター分析。魚の名前や道具の名前など、種類を分けて、それぞれにいくつずつ、どんな名前が登場するかを洗い出せばよい。そう言えば、今までに魚の名前や道具の名前をいくつ覚えてもらうかははっきりと考えてなかったっけ。全部で1時間しかないわけだから、あまり多くを要求したら酷だな。分析図を描きながら絞り込んでいこう。

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 5章のまとめ

表5―1に、学習課題の種類に応じた課題分析の手法とその特色をまとめて示しました。


表5―1. 学習課題の種類と課題分析
言語情報
クラスター分析
関連のある項目や紛らわしいもの同士を集める;上下関係とは限らない。項目間や既に知っている事項との関連/相違点を明らかにし、覚え方のヒントを探す。
<かたまり型>
<ネットワーク型>
知的技能
階層分析
学習目標から始めて上から下に「この目標を学習するために不可欠なより基礎的な目標は何か?」を探す。見つかった下位目標についても同様にその下位目標から探し、基礎技能からの積み上げの様子を示す。
<ピラミッド型>
運動技能
手順分析
学習目標の中に含まれている「要素技能」を「まず何をして次に何をするか?」を問うことで実行手順を追って探し、分けて練習できるステップに分解する。ステップごとに下位目標が必要な場合がある。
<ステップ型>
態度
階層/手順分析
クラスター分析
「この態度を表明する時には何ができなければならないか?」を問うことで態度表明に必要な知的/運動技能を見つけ、「選択の理由は何か?」を問うことで態度形成に必要な情報を見つける。
<複合型>



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